春のアースワーク第2章 ・・・鎌倉の香り・・・ その2


Deep in Kamakura spring field.



薫風の鎌倉。



こういう場所に入ると、私はやっぱり自然の中にいる時が一番好きだなと実感します。
お金や地位や名誉、知性、能力、運、実力・・・何にも関係ないネイチャーフィールド。
生活の中にいるといつもそういったものに左右され、縛られ、人生の成功を望まないといけないような風潮に
忙しなく突き動かされているけれど。



山道を歩いていると肩の力が抜けて行きます。
私は本当に、誰か他人と競ったり争ったり、優劣をつけたりするのが苦手です。
エゴの成長競争に巻き込まれるとあっという間に自分を見失います。


幸せって、満ち足りた瞬間瞬間の積み重ねですね・・・。
今この時を、どれほどのエネルギーで満たすことが出来るか。



エナジーは紡ぐ。




一応、鎌倉らしい写真も(笑)


ピクニックルートのお山を下りると、平泉の香を記憶する永福寺から鎌倉市街へ向かいます。
そしてこの日ガイドをしてくれた友人は、頼朝のお墓に案内してくれました。

私は鎌倉のことを鶴岡八幡宮くらいしか知らなかったし、そういえば頼朝お墓の話って聞かないな・・・
そんな、そういえば・・・くらいな感覚で、それもまた意外な感じです。


彼女曰く、「 申し訳ないくらい、ちまっとしたお墓だよ。」 とのこと。
鎌倉幕府を開いた将軍とは思えないほど簡素なものだということでした。


何も考えずに近くまでやってきて、長めの石段を登った先がそのお墓だと言うところで。
手前にある神社で手を合わせる友人達を待っていると、階段の上から気配を感じます。


あ・・・呼んでる・・・
ナゼ? とかはありませんが、ただもう ”分かる” のですよね。


友人の言う通り、そのお墓はとても簡素なものでした。
高野山にあった普通の個人のお墓だってもっと派手じゃないかしらん・・・
それでも、今なお花が絶えず手向けられていました。

手を合わせると、すぐに分かるものがあります。
誤解を恐れずに私の感じたことで書いてしまうと、この方はまだ上がっていらっしゃらない・・・


立て続けにドカドカと降りて来る情報を整理しながら、意識を傾けていました。


武士の世を創ること。天下を取ること。
それらは頼朝自身が望んだことでも勿論あったのだけれど、それ以上に周りが期待したことであり、
もっと言えば深い魂と血肉の持つ因縁がさせたものであったこと。


源氏の発祥は、元はと言えば虐げられた縄文文化をルーツに持つ蝦夷の部族であって、
平家や都の朝廷とは根底に流れるDNAが違うのだということ。
そんな源氏が天下を手中に収めたのは、出雲族が国譲りをした古事記の時代までも遡るクーデターだったのだと。


そんな源氏の棟梁が、征夷大将軍・・・蝦夷征伐を任される将軍に任命されてしまうとは皮肉なことで。
結果として、蝦夷族の筆頭として大きな存在となっていた奥州藤原氏を追討しなくてはならない立場になり、
弟の義経すら、追討しなければならなかった。。。
兄弟の確執という小さな枠で、歴史の皮肉という形で片づけようとしたのは朝廷のやり方だったのだろう。
鎌倉幕府を結果的に乗っ取った北条には、多分に朝廷の働きかけがあってのことで、
頼朝という人物を、嫉妬深く義経を面白く思わなかった狭量な兄という姿に仕立て上げた。。。


この人は、誤解されているのだな・・・


そしてその誤解を招いたのもまた本人の霊格なのだろう。。。
付け入る隙を作ってしまったのは彼自身で、それは恐らく、彼自身の魂の目的がそこまで大それたものではなくて、
この人はきっと、そんな大きな望み、大志を持っていたのではなくて、実は穏やかな静かな人生を望んでいたんじゃないか。。。

そんなことを、感じました。


頼朝のお墓の前で、この人は本人の持つ霊的な格以上のものを背負わされた人だったんじゃないか。
そんな印象を受けたのです。
それほどに、彼の意識から流れて来るものは純粋な、ピュアで繊細なもので、同時に未だに葛藤の中でもがいているように思えました。
罪の意識と、良い国を作りたいという思いとが相反する葛藤となり、未だにアストラル界に留まっている印象。


戦国時代の武将の中には今でも自分の領土を広げようという意識でアストラル界に留まっている魂がいます。
それはほぼ、己のエゴの欲求、太陽神経叢の欲求のエナジーで未だに戦っている印象で、
あまり国や民のためという大志を持った意識と思えるものではありませんが、
頼朝公の場合は少し違っていて、もっと大いなる自身の血脈からの因縁に彼自身が捕らわれているような感じで、
そこに後世の者達が彼の姿を想念で包み込んでしまっているので、余計に分かり辛く複雑なものになっています。


神智学では、エゴセルフの欲求は魂の欲求へと、熱誠へと変成されてハートへ昇華されなければならないと説きます。
その視点で頼朝公のエナジーに触れると、私の理解はこのような解釈になって行きます。


同時に彼の作りたかった国の在り方にも、感じるものがありました。
彼にとっての良い国とは下々の者が幸せに豊かになれる国であって、決して一部の特権階級、支配階級のために臣民が苦労して支えるのが良い国ではなかったのだろうと。
それは縄文的な分かちあいといたわりの世界で、そのためになら彼は戦うことが出来たのでしょう。
弟を滅ぼすことになってしまったとしても作りたかった彼の思う国が、あったのかも知れません。

と言うのは、この頼朝が生きた時代以降に幾度も起こったクーデター的な事象や、
民の幸せを、下々の平民が幸せに生きる国に作り替えようとして起こされた事件などに、この頼朝公の意識が裏から働きかけをしているように感じたのです。


そして今も。
熊本の地震で湧き上がった想念には、そんな古くからの朝廷の在り方、民のためではない国の在り方に反旗を翻すような
エナジーを感じましたし、そこに頼朝公の意識が同調しても不思議ではないと思いました。
このまま原発を止めないでいれば、またそんな国家を永く見つめ続けている意識が動く可能性は高いと思います。

今なお・・・ 今だからこそ、そんな思いを抱くのかも知れません。


国って、何なのでしょうね。
一部の支配階級のためにある国体なんて、いつまで持ちこたえることができるのでしょうか。
第2次世界大戦に日本が突入したのもそんな、国体というねじれたプライドのためだったんじゃないでしょうか。
頼朝の意識はそのような、一般の普通の人々の犠牲を強いることで体裁を保たんとする国家の動きに強く反応します。
それはきっと頼朝公だけではなくて、今まで怨霊とされて恐れられた祟り神は皆そうなのでしょう。
目指す理想、在り方が全く違うのですね。


このお墓の前で私は何も出来ませんでした。
ただこの情報をエナジーとして受け取り、言葉に出来るよう整理するのみでした。





ディープな鎌倉に触れたツアーはまだ続きがありそうですが、ひとまずはこれにて。
 



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